ユニフォームに身を包んだミッションクルーたちは、シャトル船に乗って月の裏側まで来ていた。
「あれが今回使う船? 意外と小っさいわねえ。」
ヨーコは、シャトル船の小窓から、月面にある宇宙船ドッグの方を見て言った。
「燃料が小型だからな。全部合わせてもアイスホッケーのパックくらいにしかならないが、その気になればアルファケンタウリまで20年で行ける。」
キザな口調でヨーコに解説するクリス。
「ほぉー」
ヨーコは、クリスの顔も見ず素っ気なく答えた。
「いやはや…、大変だったよ。これだけの反物質をつくるのに、どれだけ苦労したか。そもそも、反物質というものはね…」
クリスは、聞かれてもいない蘊蓄を、勝手にベラベラとしゃべり続けた。
(っさいなあ…)
ヨーコは、やはりクリスのことが心底苦手だった。
†
─宇宙船、ブリッジ─
「諸君、新造宇宙船AXX2-AMβにようこそ。」
ブリッジの中心部、ひときわ高い位置に設けられたキャプテンシートから、一足早く乗船していたジョーンズが、クルーたちを出迎えた。
「なぁに?この船、名前も決まってないの? 型式番号とは味気ないわねえ。」
乗船するなり、いきなりケチをつけるヨーコ。
「仕方ないさ。本来太陽系外惑星の探索用に作られたプロトタイプだからな。必要ならば、君のためにふさわしい名前を考えるよ。」
クリスがしつこく絡んできたが、ヨーコはこれを無視して操縦席に向かった。
操縦席は、正・副・予備の三席。ヨーコは真ん中の正操縦席に、アレックスはその左側の副操縦席に座った。
「お、AX系と同じインターフェイス。」
操縦桿を握って前後左右に動かし、感触を確かめるヨーコ。
「ええ、これなら、すぐにでも飛ばせますね。助かります。」
アレックスは、ヨーコとは対照的にコンピューター機器を綿密にチェックした。
その他の配置は、左前部にクリス・カニンガム。動力システムの管理を担当。左後部には、天体の構成分析等を行うダニー・キャノン。右前部には、オペレーターのイワシミズ。そして、実質作戦指揮を担当するソフィ・ミュラーとその補佐をする予定のヤマダは、操縦席のすぐ後ろのシートに陣取った。
また、ブリッジとは別に、機関室にはエンジニアと医療スタッフが常駐しているのだが、ストーリーに関わることは一切無いので、以降割愛する。
各々が自分の担当する機器を確認していると、正面に設置された300インチのメインモニターに、地球からの通信が入った。
《皆さん、おはようございます。ヒューストンのミシェル・ゴンドリーです。》
(あ、この人知ってる。面接官の意地悪な人だ…。)
ヤマダは、まんまと自分を嵌めて、こんなところまで連れ出した悪人の顔を見て、寒気を感じずにいられなかった。
《ミッションプランについては、数時間前に送った通りですが、ざっくりおさらいしますよ。宇宙船は、まず65時間かけて秒速2350キロメートルまで加速。それからさらに65時間かけて減速しながら、小惑星帯の準惑星ケレス付近まで飛んでもらいます。そして、180度方向転換した上で、目標天体の背後から接近してランデブー。高強度レーザーなどを使って目標天体の進路を変更し、それが終わったら「ニール」まで帰還してください。途中で不測の事態が起きた場合は、各自臨機応変で。もちろん、地上からも管制し続けますので、連絡は怠らないように。以上、何か質問は?》
ミシェルは、あまりに素っ気なく、そして流暢に“おさらい”してみせた。
「本当にざっくりしてるわねえ。“プラン”が聞いて呆れるわ。」
ヨーコは、呆れ半分ケチをつけた。
《あまりに不確定要素が多いんでね。まずは目標天体に接近しなければ、具体的なことは何も決められない状態です。ご理解ください。》
「その“目標天体”って言い方もどうにかならないの?ピンと来ないのよ。」
《彗星とも小惑星ともわからないので、名前をつけにくいんです。》
「別に学術名じゃなくてもいいから、なんかコードネームつけましょうよ。」
一応軍人のヨーコとしては、作戦とかその対象とかには、何かと名前を付けるのが当たり前な感じだった。
「いいよ、“目標天体”で。変な名前つけると、呼び間違えたりして、かえって面倒だから。」
ソフィは、あくまで合理的。
「それから、秒速2350キロメートルって何?そんなスピード、聞いたことも無いわ。」
さらに、難くせをつけるヨーコ。
《燃料に反物質を使ったその宇宙船なら可能です。ひたすら等加速度運動を続けるだけだから、普通の航行と変わりませんよ。宇宙では速度なんて相対的なものでしかありませんから。》
ついさっき、浴場で自分が得意げに言っていたようなことをミシェルに言われてしまい、ヨーコは少しムッとした。しかし、まったく根に持つ性格ではないので、
「…そ?じゃあ、…あとは問題ないわ。」
と言って、あっさりと納得した。
(少佐…、あんたの方が大雑把ですよ…)
アレックスは、ヨーコの隣で苦笑いした。
《ああ、そうだ。言い忘れていた、ソフィ。》
「何だ?」
《悪い知らせなんだが…。小惑星群を抜けた辺りで、目標天体が回転を始めた。進行方向に対してほぼ垂直の回転だ。現在は、まだ1日30回転程度だが、徐々に回転速度を増している。》
「ちょ、それは話が違うよ!! ……原因はいったいなんなんだ?」
ソフィは、珍しく動揺したが、すぐに平静を取り戻し、ミシェルに尋ねた。
《今のところ、不明だ。木星の重力の影響か、小惑星群で何かに衝突したか…。判明しだい連絡するよ。》
(バカか…。木星の重力なんかで回転するかよ。小惑星にしたって、回転するほど強くぶつかったら、軌道が変わるだろ。)
ソフィは、いつになくイラ立ちの表情を見せた。
「しかし問題だぞ、これは。進行方向に対して垂直な回転だと、用意している装備がほとんど役に立たない。地表に衝突した時のダメージも倍増する。」
《泣き言か?ソフィらしくもないな。目標に接近すれば、解明されることもあるはずだ。それにな……ヤマダなら何とかできるんじゃないのか?》
そう言って、ミシェルは微かに含み笑いをした。
「ちょっと、待て。どうしてここでヤマダなんだ?表計算は関係ないだろ?」
“ヤマダ”と聞いて、ジョーンズが口を挟んできた。
「そうですよ。私、隕石の回転なんてわかりません!」
ヤマダ本人も、わけがわからず当惑した。
《おいおい、ヤマダ。君までそんなことでどうするんだ。それと、“隕石”は地上に落下した天体のことだから、そういう縁起の悪いことは言っちゃダメだ。》
「あ、すみません。また言っちゃった。」
肩をすぼめて、「てへ」っと舌を出すヤマダ。
《まあ、今は説明してる時間がないので、とにかく出発しちゃってくださいな。ランデブーが遅れると計画に支障を来します。 フィンチャー少佐、頼みましたよ。》
「あいさー。」
ヨーコは、すごく適当に返事をして、モニターを航行モードに切り替えた。
「よくわかんないんだけど、エンジン行けるのね?」
ヨーコは、クリスの方にチラリと目をやり、確認を求めた。
「ばっちりだ。いつでも飛べるぜ。」
親指を立て、白い歯を見せ、クリスは無駄に大きく笑顔でこたえた。
ほとんどの宇宙船エンジンが、核融合炉や太陽光など常時発電するものを動力源としているのに対し、反物質エンジンは、出力0の状態からいきなり高出力をひねり出す。このシステムに、ヨーコはどうも馴染めなかった。
「ああ、それともう一つ。船名は型番だし、目標天体の名前も無いっていうのはどうも寂しいんだけど、せめてミッション名くらいはつけとかない?」
ヨーコは、誰かに対して、というわけでもなく提案した。
すると、ジョーンズが「オホン」と咳払いをして口を開いた。
「そうだな、私も軍人のはしくれ。ミッションに名前がついてるとやりやすい。実は、ここに来る前から考えていたんだ。いいか…『星の…』」
「発・進・!」
ジョーンズの考えたミッション名が、かなりしょうもないことを予想したヨーコは、その言葉をかき消すように力強い声を発し、宇宙船を発進させた。
†
宇宙船は、みるみるうちに高度を上げ、ある程度まで上昇すると、スムーズに方向を転換、準惑星ケレスに向かって一直線に加速を始めた。
「どうだい、反物質エンジンの感想は? すごい加速だろう? 乗り心地も良い」
クリスは、得意げになってヨーコに話しかけた。
ヨーコは、呆然とした顔で操縦桿を握りしめたまま、無言になった。
「言葉が出ないくらい衝撃的だったのかい? そりゃそうだろう。こいつは、今までのエンジンと根本的に“作り”が違うからね。」
クリスは、鬱陶しいくらい身振り手振りをつけてしゃべり続けた。
そんなことなど気にも留めず、ヨーコは、すっと立ち上がり、ひとこと言い放った。
「衝撃も加速感もない…。家電品みたいで、つまらん!」
「え…?」
いやらしい動きと喋りをやめて、クリスはその場で固まった。
「アレックス。よく考えたら、私ビール飲んじゃってたわ。飲酒運転マズいっしょ。あとよろしくね。」
「ちょ、少佐。あんたなに言ってんすか?! それと、操縦前にビール飲むなよっ!!」
ブリッジの奥に立ち去ろうとするヨーコに、アレックスがくってかかった。
「どうせ途中交替するでしょ? ケレスまではオートパイロットモードだし。」
ヨーコは、後ろを向いたまま「バイバイ」と手を振りながら、そのまま居住ブロックに引っ込んでしまった。
「・・・・・・。」
ヨーコの、あまりに突拍子もない行動に、ヤマダは呆然とした。
「まあ…気にするな。いつものことだから…。」
そう言いながら、ソフィも少々あっけにとられていた。
「アレックス君、今日は君に一本取られたけど、オレも負けないからね」
クリスは、アレックスの耳元で、意味不明のことを囁いた。
「あんたも、何言ってんだーっ?!!」
アレックスはキレた。
†
「イワスズミ。目標天体の最新データと、今後の軌道シミュレーションを出してくれ。」
ソフィは、オペレーターのイワシミズに指示を出した。
「イワシミズです。涼しげでいいですけどね。軌道、速度とも予測通り変化ありませんが、回転速度は徐々に上がってます。現在、毎時約3回転。」
「このまま行くと、ランデブー時にはどうなっている?」
「累乗的に加速しているので、現在の加速度を維持すると、毎分90回転前後…。」
聞こえてきた数字は、厳しいものだった。
「冗談じゃないな…。」
ソフィは、険しい顔をして、シミュレーションデータが映し出されたモニターを凝視した。
《ミシェルだ。ソフィ、待たせたな。目標天体の回転速度の予測結果が出たぞ。》
モニターに、ミシェルの顔が映った。
「遅いぞ、ミシェル。こちらでは、すでにイトミミズがやってくれた。」
「イワシミズです! 僕は蚊の幼虫ですか?!」
「それは、ボーフラだろ。」
イワシミズの残念なツッコミを、ソフィは容赦なく投げ返した。
《しかし、なぜ、こんなに回転速度が速まっていくんだ?常識では考えられないな。》
「それは、ボクの台詞だ。そもそも、天体の回転運動はビッグバンに由来しているのだから、通常は少しずつだけど速度を落としていくはずだ。仮に、何か回転を起こすような衝撃が加わったにしても、速度を増していくというのは非常識だよ。」
《そうは言っても、事実は事実。現に回転速度は増している。どうするつもりだ?》
「何とかして、回転軸の方向を変える必要があるな。しかし…」
ソフィは、そう言いかけて言葉を詰まらせた。高速で回転する巨大天体の動きを制するのは難しい。進行方向はもちろん、回転軸の方向を変えるのでさえ、とてつもないエネルギーが必要になるからだ。
《燃料の反物質を目標天体の近くで爆破する、というのはどうだ?》
「いや、目標天体の構成物質も重心もわからない状態では、爆発力の調整が難しい。回転させ過ぎてやり直し、なんてことをやってる時間も無い。その逆もしかり、だ。やるとしても、最終手段だな。」
《じゃあ、どうする? 策はあるのか?》
「・・・・」
ソフィは沈黙した。
《ヤマダはどう思う?君なら、何かあるんじゃないのか?》
「え…、わ、私ですか?」
ミシェルの突然の“振り”に、ヤマダはビックリして、思わず声を吃らせた。
「そうだ、ミシェル。どうして、ここでヤマダなんだ。確かに、ヤマダは1分間に300文字のタイピングができるが、だからといって1分間に90回転をどうにかできるわけではないだろう?」
ジョーンズは、ウマいことを言ったつもりで、ちょっとドヤ顔になっていた。
《大佐…。全然ウマくないですよ》
ミシェルの冷めきった反応に、ジョーンズは赤面しながら口をパクパクさせた。
「ヤマダは、ルーブ・ゴールドマン・マシンの達人なんだよ。」
しょうがないなあ、という顔をして、ソフィが口を開いた。
「ルーブ・ゴールド…って、カラクリ仕掛けの?」
目をパチクリさせるジョーンズ。
「そう。日本では“ピタゴラ…”などと言われているのだけど…」
「なぜ“ピタゴラ…”?」
「その下りはもういいって!黙って聞け!!」
「す、すみません…」
ソフィに怒鳴られ、ジョーンズは沈黙した。
「確か、4年いや5年前か。インターネットの動画サイトに、あるルーブ・ゴールドマン・マシンの実演映像がアップロードされて話題になったんだ。あまりに巧妙で不可思議な動きをするその装置は、世界中の物理学者の視線を釘付けにした。その後も数年に渡り同一アカウントから“作品”が投稿され続けたのだが、最後の方は物理学の常識を覆すようなシロモノだったんだ。」
ヤマダは、ソフィの話が自分のことだとは認識できておらず、キョトンとしていた。
「物理学者たちは、この謎解きに躍起になり、装置を再現することがちょっとしたステータスになったのだが、結局、誰一人としてこれを実現させた者はいなかったという。そのうち、件のピタゴラ…は、反重力装置やフリーエネルギーの原理に近いのではないかという都市伝説さえ囁かれる始末…。」
「まさか…」
ジョーンズは、思わず生唾を飲み込んだ。
「その投稿者のハンドルネームが、“Yamada”だったんだ。」
そう言って、ソフィはヤマダを指差した。
「それ、私かも…です。友だちに手伝ってもらって作りました。」
ヤマダは、恐縮そうに、小さく手を挙げて答えた。
「その後、装置の設置場所がどこかの大学らしいということと、アニメキャラの格好をして踊る投稿者の別動画を参考に、大規模な“Yamada”探しが始まったんだ。それこそ、世界中の大学を調査したが、該当する人物は見あたらず。まさか、文系だったとはな…」
「いやぁぁ!!コスプレの話はやめてください。あれは、友だちに誘われて仕方なく猫耳を…」
ヤマダは、顔を真っ赤にしてソフィの肩をつかみ、ブンブンと前後に振った。
「痛い、痛い…よ、ヤマダ。」
「ご、ごめんなさい。」
我に返り、ソフィを解放するヤマダ。
「でも、そんな大事件になってるとは知りませんでした。記念にアップして、友だち同士で楽しもうと思ってただけなのに…」
ヤマダは、恥ずかしさのあまり頭から湯気が出そうだった。
「ヤマダは、自分が投稿した動画の再生回数が気にならんかったのか?」
かき乱された髪の毛を整えつつ、ソフィは言った。
「そんなに?」
「軽く300万。あ…、コスプレのは700万回越えてたと思う。」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ヤマダは絶叫して頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。
《あのさー、ヤマダ。それはどうでもいいんだけどさ。》
モニター越しに様子を伺っていたミシェルが、見かねて口を挟んできた。
「どうでもよくありません!! 私はもう、お嫁に行けないです。」
ヤマダは涙目になって訴えた。
《だから、どうでもいいんだよ、そんなことは。このミッション失敗したら、皆死んじゃうんだから。》
ミシェルは、冷ややかな口調でそう語り、ヤマダを恐ろしい現実に引き戻した。
「…そうでした。取り乱してすみません。」
ヤマダは、冷静さを取り戻し、ユニフォームの袖で涙を拭った。
《で、なんかないの? ピタゴラ…の天才として、思いついたことは。》
「あります。でも、私は物理も科学もよくわかりませんし、真空や無重力でピタゴラ…を作ったこともありません。だから、間違ってても怒らないでください。」
《心配するな。具体的な方法は、ソフィやダニーが考えてくれる。君は、思いついたことを自由に言えばいい。》
(2011.2.10修正)