第1章 ミッション前夜

─宇宙ステーション「ニール」─

宇宙ステーション「ニール」の一角に設けられたNAUSAのオフィスルームには、ヒゲ面の偉そうな男とその部下らしきひ弱そうな若者が、なにやら話し合っていた。

「で、クルーは全員揃ったのか? イズミワシ君。」

ヒゲ面の男は、スパイク・ジョーンズ大佐。北米連合航空宇宙軍からNAUSAに出向している宇宙船ミッションのエキスパートである。今回も、とあるミッション遂行のために「ニール」で宇宙船クルーの集結を待っていた。

「イワシミズです。いえ、ミュラー博士と“ヤマダ”がまだです。次のカーゴで到着する予定ですが。」

部下の名前はイワシミズ。ジョーンズの懐刀、というか腰巾着的な男であった。

「“ヤマダ”? ああ、ミシェルが推し込んできたやつか。聞かないな。何者なんだ?」

「さあ、私も初めて聞きます。ミシェルさんが推薦してくるくらいですから何かのエキスパートだとは思いますが…。」

「ふん、気に入らねえ。だいたい、あいつが指揮を執るミッションは、いつもろくなことがないんだ。」

 

その“ヤマダ”は、20時間以上かかる軌道エレベーターの長旅を終え、降機プラットホームに降りようとしていた。

「うわぁ、無重力! すごい、すごいよ。ソフィさん。」

「あ、いや。ボクは初めてじゃないから…。」

ソフィは、ヤマダとは対照的に、静かにカーゴから降りてきた。

「え、ソフィさん家って、お金持ちなの?」

「そういうわけでは…。それよりも、パンツが見えそうになってる。」

「きゃっ!」

ヤマダはあわててワンピースの裾を押さえた。

「あ、あと、無重力であまり元気に動くと危な…。」

「あいたーっ!」

言ってるそばから、ヤマダは柱に側頭部を強打していた。

 

そうこうしながら通路を進むうちに、二人は「ニール」の入り口にたどり着いた。

「ここから先は、重力ブロック。ボクは、ちょっと寄るところがあるから、失礼するよ。」

そう言い残すと、ソフィは「STAFF ONLY」と書かれた薄暗い通路の中に消えていった。

「?」

ヤマダは、ソフィの行動を少し不思議に思ったが、あまり深くは考えなかった。

 

重力ブロックのゲートをくぐり、ようやく「ニール」に足を踏み入れたヤマダ。と言っても、そこはまだロビーみたいな場所で、軌道エレベーターの搭乗窓口と待ち合いスペースがあるだけだった。そこには、黒いサングラスをかけた、いかにも要人警護っぽい男が立っていた。

「NAUSAのヤマダ様ですね?」

「あ、はい。」

「お待ちしていました。どうぞこちらへ。」

男は、ヤマダを近くのエレベーターに案内した。ちなみに、このエレベーターは、居住エリアに続くエレベーターであって軌道エレベーターとは関係ない。念のため。

 

「あの、研修受ける人って、他にいないんですか?」

他に指示も受けてなかったので、ノコノコとついてきてしまったヤマダだったが、少し不安に感じて、男に質問した。

「他の皆様は、すでにお集りです。」

「そうなんですか? 遅刻はしてないつもりなのになぁ…。」

「私も、細かいところは聞いておりませんので。」

男は、極めて事務的な会話しかしようとしなかった。

「着きました、ここです。」

ヤマダが案内されたのは、何か厳重そうな扉の前だった。

 

 

宇宙ステーションの、とある会議室には、数名の「関係者」が秘密裏に集められていた。中には、軍の制服を着た者、スーツを着た者、科学者のように白衣に身を包んだ者もいた。それから、ヤマダとカーゴに同乗したソフィの姿もあった。

彼らはお互い顔なじみのようで、仲良く談笑する声が聞こえた。

 

「諸君、おはよう。」

部屋の奥から、ジョーンズ大佐が姿を現すと、一同会話をやめ、姿勢を正して彼に敬礼をした。…が、すぐにまた楽な姿勢になって会話を始めた。というのも、彼らの大半がジョーンズ大佐のことをよく知っているので、半ば馴れ合いのような関係になっていたのだ。しかも、ほとんどの者は軍人でもないので、厳密な上下関係もなかった。

「全員揃ったようだな。イミシワズ。」

「イワシミズです。いえ、例の“ヤマダ”が、到着していません。」

「前の便で着いたはずだろう?」

「現在、SPの者が案内して、こちらに向かっているそうです。」

ジョーンズとイワシミズがそんな会話をしていると、入口のインターホンに音声が入った。

《ヤマダ様をお連れしました。》

「…よし、通せ。」

ジョーンズが返事をすると、間もなくハッチは「プシュー」と音を立てて開いた。そこには、ワンピースにサンダル、おまけにバックパックという、あまりに場違いな格好の女、ヤマダが立っていた。一方、ヤマダが見た室内には、並々ならぬ貫禄というかオーラをまとった面々が一斉に自分に注目している光景。

ヤマダは、瞬間的に、この人たちは決して「新人」などではない、と認識した。

硬直して立ちつくすこと数秒…。

そして、次の瞬間、ヤマダは「す、すみません。まちがえました><。」と頭を深々と下げ、会議室を出て行こうとした。

「間違いではない。入りたまえ。」

ジョーンズは、一瞬唖然とした顔になったが、すぐに厳しい表情に切り替え、ヤマダを引き止めた。

(これが“ヤマダ”か。しかし、なんて格好をしてるんだ…。)

 

「全員揃ったところで、ミーティングを始める。といっても、のんびり議論している時間は無いので、顔合わせとミッションの概略だけ説明させていただくが。」

円卓になったミーティングテーブルを囲み、集まった8名が着席、ジョーンズが話を始めた。

ヤマダは、ジョーンズの真っ正面に座ってしまい、状況を把握できず、悪い汗をダラダラと流した。左隣には、仏頂面をしたソフィが座っていた。

(何これ。これが新人研修?あのヒゲの男の人が教官? 「ミッション」とか言ってるんだけど…。でも、新人のソフィさんがいるんだから、やっぱり研修よね!)

ヤマダは、不安とか憶測とかで、色んなことをグルグルと考えていた。

 

「まず、自己紹介をしてもらおうか。ここにいるほとんどが、どこかしらで一緒に仕事をしたことがあると思うが、初対面の者もいるからな。そうだな…。ヨーコ君から時計回りで頼む。」

ジョーンズが言うと、ソフィの左隣に座る、軍の制服を着た長身の女性が、スッと立ち上がった。東洋系の凛々しい顔立ちと美しい黒髪、そして、鍛えられたプロポーションは、いかにもベテランの軍人、という感じだった。

「ヨーコ・フィンチャーです。北米連合航空宇宙軍に帰属し、少佐の階級を賜っております。今回のミッションでは、操縦士を任せていただきます。」

ヨーコは、ペコリと頭を下げて着席した。

続いて、やはり軍の制服を着た、体格のいい男が立ち上がった。

「同中尉のアレッサンドロ・マケインです。副操縦士として、フィンチャー少佐の補佐をさせていただきます。名前は発音しにくいので、“アレックス”とお呼びください。」

アレックスも軽く頭を下げて着席した。

「フィンチャー少佐とマケイン中尉は、私のミッションに何度も参加してもらっている。木星まで行ったこともある、希有な腕利きパイロットだ。」

ジョーンズは、二人の紹介を補足して賞賛した。他の者からは「おぉ〜」と感嘆の声が漏れた。

次は、ドレッドヘアともアフロともつかない奇抜な髪型をした大柄な褐色肌の男。

「ダニー・キャノンよ。普段は素材工学の研究をしているけど、今回は、対象物の構成物質を分析したりするのでヨロシクね。」

ダニーは、そのファンキーな容姿とは似ても似つかず、しゃべり方や動作は、完全にオネエ系だった。

「キャノン博士は、見ての通り少々変わり者だが、鉱物や素材科学に関しては世界的な権威だ。宇宙開拓には欠かせない人物でもある。」

「ちょっとぉ。変わり者とはどういうこと?失礼しちゃうわねぇ。」

ジョーンズの補足に、やはりオネエ言葉で文句を言うダニー。周囲から笑い声が漏れた。次に、長身でやせ形、無精髭を生やした、いかにも女を泣かせていそうなプレイボーイタイプの男。

「クリス・カニンガムだ。反物質エネルギーを使ったエンジンの研究と開発を手がけてきた。今回使用する宇宙船は、我々の機関とNAUSAの共同開発。主にエンジン部分の運用・保守を担当させてもらう。」

クリスは、二本指でキザったらしく敬礼をしてみせた。

「カニンガム博士は、欧州連合の研究機関に所属している研究者だが、特別に今回のミッションに参加していただくことになった。反物質エネルギーが、ミッションの成否を左右すると言っても過言ではありません。よろしく頼みますよ。」

クリスとはあまり面識が無かったジョーンズは、少し丁寧な言葉遣いで補足した。

「いえ、こちらこそ。こんなお美しいレディたちとご一緒できるなんて、光栄です。」

そういいながら、クリスはヨーコに流し目でサインを送った。

ヨーコは、「は?」という顔をして露骨に嫌悪感を示したが、近くにいたダニーは、なぜかクリスの方を見て照れていた。

 

そして、残る自己紹介は、ヤマダとソフィの二人だけに…。

(え、なになになに? これ、新人研修でしょう? なんで、世界的な科学者とかベテラン宇宙飛行士とか出てくるの? 私、すごい場違いじゃない? え?え?え?)

ヤマダは、すごい勢いで頭の中が真っ白になっていった。

「えーと、残るは二人だけだな。では、ヤマダ君。」

ジョーンズに指名されて、ヤマダは完全にパニクった。

「は、ひゃ、ひゃい。ヤマダです。こ、この度NAUSAに事務職員として採用されまして…。まだ右も左もわからない…フツツカな新人ですが…、ど…ど…どうか、よろしくお願いします!!」

ヤマダは、深々と頭を下げておじぎした。

 

「は?」

 

その場にいる、全員の頭の上に?マークが浮かんだ。

「・・・・・」

そして、沈黙。

 

「HaHaHa!」

突然クリスが高笑いをし始め、その沈黙をやぶった。

「やだなあ、みなさん。ジョークですよ、ジョーク。この一大事に、ただの事務職員が呼ばれるわけないじゃないですか。きっと、ヤマダさんは、何かすごい技術を持ってるんでしょう。」

「…そうなのか?ヤマダ君。悪いが冗談につき合ってる暇はないんだ。君は、ミシェル・ゴンドリーの強い推薦を受けてこのチームに迎え入れることになった。何か、ミッションに不可欠なスキルを持っていると期待しているのだが…」

ジョーンズは、ヤマダに問いただした。

(そんなこと言われても、わからないよ。私は4日前にいきなり電話で採用を告げられて、研修に来いって言われただけなんだから。だいたい、ミシェル・ゴンドリーって誰だっけ? そういえば、面接官の一人がそんな名前だったような…。)

「え…と。スキル…ですか? 表計算と文書作成は得意です、が…。文字入力も1分間に300文字はイケます。それから、えーと。大学が英語学科だったので、英会話だけは誰にも負けません!!」

ヤマダは、とりあえず、なんか言ってみた。

「HaaaaHaHa!HeeeeeeHaaa!!」

クリスは、ツボにハマって腹を抱えて笑っていたが、ジョーンズは怒りで血管がブチ切れそうになっていた。

「もういいっ!!」

ジョーンズは、腕力に任せてテーブルを思い切り叩きつけた。

「す、すみません…。」

恐怖で立ちすくむヤマダ。

「ヤマダ君、君はここがどういう場なのか、わかっているのかね?」

「あ、はい。新人研修と聞いているのですが…。」

そこは自信を持って答えるヤマダ。

それを聞いて、クリスは再び噴きそうになるのを必死で堪えていた。

「そんなわけあるか!? どこの世界に、こんなエキスパートが勢揃いする新人研修があるんだ?言ってみろ。」

ジョーンズは、怒りが収まらない様子。

「え、でも、私と同じ新人のソフィさんもいるじゃないですか?」

ヤマダは、隣に座っているソフィを指差して言った。

「君はソフィ・ミュラー博士を知らんのか? 若干13歳にして3つの博士号を取得。物理学の権威で、彼女の物理演算能力は、高度な宇宙ミッションに無くてはならないものと言われているのだが?」

「代わりに紹介してもらってすまないな、ジョーンズ大佐。」

戯けた口調のソフィ。

「……え、えぇ〜〜??!」

ヤマダは、一瞬固まり、驚きの悲鳴を上げた。

「もういい。ヤマダ君。君の処遇は後で考える。とりあえず、おとなしく座っていなさい。」

ジョーンズは、ため息まじりに言った。

 

「さて、余計なことに時間を取られてしまったが、ミッションについて、現時点で何か不明な点はあるだろうか?」

ソフィが手を挙げた。

「ミュラー博士。何か?」

「“目標天体”が発見されたのは6日前と聞いているが、現在は小惑星帯の外側を秒速320キロメートルで移動中、ということで間違いないか?」

「そのとおりだ。間違いない。」

「わかっているとは思うが、太陽を中心とする天体の基本的な移動速度は、太陽からの距離に反比例している。一番近い惑星である水星は、毎秒47.8725キロメートル。一番遠い海王星で、毎秒5.4778キロメートルだ。平均だがな。これより速ければ太陽から離れていってしまうし、遅ければその重力に引き寄せられてしまう。小惑星や彗星でも変わらない。彗星の場合は太陽に近づくにつれて加速するが、それでもせいぜい秒速70キロメートル。“目標天体”の速度は非常識だな。NAUSAでは、どのように認識しているのだ?」

ソフィは、正確なデータを用いて、ジョーンズに疑問を呈した。

「ミシェル・ゴンドリーの見解では、太陽系外の天体が何らかの理由で飛び込んで来たか、もしくはそれの影響でオールトの雲にある長周期彗星がはじき飛ばされたのではないか、ということだ。」

完全にミシェルからの受け売りだったが、ジョーンズはソフィの質問に的確に答えた。

「おそらく、前者が正しいわね。“目標天体”表面の構成物質は、XRS(蛍光X線スペクトロメーター)の測定結果から、ほとんどが鉄と予想されるわ。仮に彗星だとしたら揮発性物質を多く含むはずだから、そういう構成にはならない。揮発性物質を使い果たして小惑星になる天体もあるけど、そんなのがオールトの雲にあったら、それこそ非常識というものよ。」

天体の鉱物に詳しいダニーが、自らの見解を述べた。

「そうだ。もし、“目標天体”が彗星だとしたら、太陽に近づくにつれ尾を伸ばすから、もっと早く発見されていたはず。太陽系外からの未知の天体、と考えるのが妥当だろう。」

「つまり、どこから現れたとも知れない、わけのわからん超高速の巨大な鉄塊を、地球にぶつからないようにしろ、というわけか?」

あきれ顔をするソフィ。

「ヒューストンのミシェル・ゴンドリーが具体的なプランを用意しているはずだ。我々は、とにかく宇宙船の搭乗準備を進めよう。」

 

専門用語が飛び交う一連のこの会話は、ヤマダにとってはもちろんチンプンカンプンだった。もはや、英語が得意とか苦手とかのレベルではなかった。

「あのぉ…、私も質問してよろしいでしょうか?」

ヤマダは恐る恐る手を挙げた。

「……なんだね?ヤマダ君。」

ジョーンズは、正直無視したかったが、それも大人げないので話だけでも聞いてやろうか、なんて考えたので、少々間を空けてから言葉を発した。

「えーと、ですね…。」

「いいから、言ってみろ。」

少しイラっとするジョーンズ。

「結局、これって何の“ミッション”なんですか? あと、“目標天体”って何のことでしょう?」

何も聞かされず、いきなり呼ばれてここに連れてこられたのだから、ヤマダが何も知らないのは無理もない話。悪いのは、全てミシェル・ゴンドリーである。

しかし、ジョーンズは、ついにブチ切れてしまった。

「ヤマダァッ!!」

 

 

─遡ること2週間前、ジョンソン宇宙センター(ヒューストン)─

(ああ、やだなあ。緊張するなあ。)

ヤマダは、NAUSAの職員採用面接会場に来ていた。タイトスカートの黒いリクルートスーツに白いブラウス。22世紀になっても、この就活スタイルには、さほど変化がなかった。

「次の方、どうぞ。」

「は、はい!」

係員に呼ばれて、立ち上がるヤマダ。ガチガチに緊張していて、手足の左右の動きが揃ってしまいそうな勢いである。

「失礼します!!」

ヤマダは、言うと同時にドアを開けて面接室に入り、きちんとノブを握り直して丁寧にそのドアを閉めた。

(よかった…。“後ろ手”を使わないで、ちゃんとキレイにドアを閉められた。)

気をつけていた所作を無難にこなすことができて、ほっと胸を撫で下ろすヤマダ。しかし、何か重要なことを忘れていることに気づく。

(ギャァァァ!! ノックするの忘れたーっ。バカ、私のバカーッ!)

若者は、こうした就職活動のマニュアルを妙に気にしてしまう。あまり細かいことは気にする必要がないし、やってしまったことを後悔しても無意味と思うのだが…。

しかし、ヤマダは少しのミスを気にし過ぎてしまい、動揺した態度を露呈してしまっていた。

「ハハハ、元気がいいんですね。ま、掛けてください。」

面接官の一人、眼鏡をかけた若い男は、思わず苦笑いをしていた。

「す、すみません…。失礼します…、じゃなかった。ヤマダと申します。よろしくお願いします!!」

ヤマダは、大げさに頭を下げておじぎをし、用意された椅子に静かに座った。

(日本人は、礼儀正しいなあ…。)

ミシェルは、半分莫迦にしたような顔でクスリと笑った。

「面接官のミシェル・ゴンドリーです。」

面接官はもう一人、白髪まじりの髭のオッサンが座っていたが、彼は自己紹介もせずにふんぞり返っていた。

 

「さて、早速ですが、あなたはどうしてNAUSAに就職しようとお考えになったのですか?」

定番中の定番。一言で言えば、愚問である。

「は、はい。宇宙開拓という将来性と公益性のある事業に惹かれ、自分の可能性を広げる機会を与えてくれると考えたからです!」

そして、ヤマダの答えは愚答。

「でも、ヤマダさんは一般事務職を希望されてるんですよね? 事業に惹かれるとか自分の可能性を広げるとか言うなら、研究職とか宇宙飛行士とかの方がいいんじゃないですか?」

「え…、いや。それはですね…。」

言い得て妙だが予想外の指摘に、ヤマダは言葉につまらせた。

「なんですかぁ?」

ヤマダの困る顔を見て、意地悪く追求するミシェル。

「す、すみません。本当は英語が活かせて誰でもできそうな仕事なら、何でも良かったんです><。今、日本は就職氷河期で、なかなか良い求人が無くて…、あってもすごい競争倍率で…。あ、でも、英語の簿記の資格は持ってるんです。表計算も文書作成もできます。タイピングも1分間に300文字くらいは…。」

あっという間に自滅したヤマダを目の前にして、ミシェルは率直に「ダメな子だなあ…」と思った。本当なら、言葉責めで30分くらいは楽しめると思っていたので、少々ガッカリでもあった。

「まあ、いいや、本題に移ろう。ところで、ヤマダさん。」

「はい!」

ヤマダは、返事だけは元気に返して、姿勢を正した。

「あなたの趣味は『ピタゴラ…』とか書いてありますが、これはいったいどういうものですか?」

「えーと、それはですね。普通にやれば簡単なことを、わざわざ手の込んだカラクリを介して、その無駄さ加減を楽しむためものです。アメリカでは、“ルーブ・ゴールドマン・マシン”と呼ばれていると思いますが…。」

途中まで話しかけて、ヤマダは、ミシェルがすごく冷たい視線を投げかけてきていることに気づいた。

「で…、それはいったい何が面白いの?」

獲物を狙うヘビのような執念深い目で、ミシェルはヤマダを凝視していた。

「へ…?」

ヤマダは、緊張からとは違う、嫌な汗が背中をつたうのを感じた。

「あ、いやいや。ごめんなさい。そうじゃありませんでした。言葉責めは、また後で」

ミシェルの顔は途端に笑顔に戻り、紳士的な態度になった。

「はあ…(言葉責め??)。」

ヤマダは、なんだか状況がよくわからなくなって、キョトンとしていた。

「いや、実はね。ヤマダさんが動画サイトに投稿した、その『ピタゴラ…』というのを見つけたんだけど、なかなか興味深い内容だと思ってさ。」

ミシェルは、備え付けの大型モニタに、その動画を映してみせた。

「ど、ど、どこからこの動画を…?? し、調べたんですか?!」

「それは当然だよ。これから雇うかも知れない人のことは、可能な限り調べるさ。特に、うちは他国からのスパイが潜入してきたりもするからね。」

「え、じゃあ、じゃあ…。」

「あぁ、アニメの登場人物に仮装して踊ってる動画とかは、興味ないから気にしなくていい。個人の性癖は自由だと思うし。」

「いや、ちがうんです、ちがうんです。あれは友だちに誘われて仕方なく…」

ヤマダは、両手をブンブン振り回し、耳まで真っ赤にしながら全力否定した。

(反応良いなあ…)

ミシェルは、またソッチの方にスイッチが入りそうになったが、我慢した。

「あー、オホン。私としては、事務よりも研究や技術開発の方が向いてると思うんだよね、ヤマダさんの場合。こういう『ピタゴラ…』みたいな発想は、宇宙開発に結構重要なんだ。」

「ムリムリムリ、私なんて全然ダメですよ。バカだし文系だから、物理とか全然できないし、数学なんてD-取っちゃったこともあるんですから。」

ヤマダは、思い切り首を横に振った。

「ハハハハ、君は面白いね。採用面接で自分のことを『バカ』とか『自分なんて』とか言い出す人は初めて見たよ。」

 

 

─宇宙ステーション「ニール」内、NAUSAのロッカールーム─

「はぁ…。」

ワンピースを脱いで下着姿になったヤマダは、ロッカーの扉に頭をもたげ、深いため息をついた。

「だいたい、あんなに失敗した面接で、採用されるわけないじゃない。何かの間違いなんだわ。それとも、ドッキリ企画? でも、私芸能人じゃないし…。」

「なぁに? 元気無いじゃない、ヤマダちゃん。」

後ろから、特長あるオネエ言葉が聞こえた。

「ダニーさん…(でしたっけ?)。」

ヤマダは、たいして後ろを振り返りもせずに答えた。

「ジョーンズちゃんはあんなこと言ってるけど、あなたミシェルの推薦受けてきてるんでしょ? ミシェルとはハイスクール以来の腐れ縁だけど、アイツのすることには必ず意味があるわ。きっと、ヤマダちゃんも何か期待されてるのよ。」

ダニーは、後ろからさりげなくヤマダの肩を抱き支えた。

「そうでしょうか…。誰かと間違えてるのかも…。」

目に涙を浮かべるヤマダ。

「それはないわ。ミシェルは人事部門じゃないもの。興味のある人がいないと、採用面接なんて顔出さない。彼はミッションエキスパートを欲しがってるのよ。」

「ダニーさん…。」

ヤマダは、涙ぐみながら肩に添えられたダニーの手を握りしめた。毛むくじゃらでゴツゴツしている手…。

「?!…って、何やってんですか??! ここ女性用ロッカーですよ!」

ヤマダは、ようやく自分の着替え中に毛むくじゃらの大男がいることの異常さに気づき、大声を上げた。

「なぁに?大きな声出しちゃって。どうかしたの? ヤマダちゃん。」

タオルを首にかけてくつろいだ感じのヨーコが、ロッカールームに入ってきて言った。

「あ、フィンチャー少佐。ダニーさんが、ダニーさんが…。」

真っ裸のダニーを指差し、あたふたとヨーコに状況を訴えた。

「“ヨーコ”でいいわよ。ダニーは『真性』だからねぇ。女の裸とか興味ないらしいから、気にしなくていいわよ。モノも反応してないでしょ。」

そう言って、ヨーコはおかまいなしに服を脱ぎ始めた。

「ダニーさんが気にしなくたって、私が気にしますよっ! …え、“モノ”?」

ヤマダが恐る恐るダニーの方に目を向けると、見慣れない大きなモノがデロンとぶら下がっていた。

「ぎゃあぁぁーっ!」

あまりの大声に、ダニーは、思わず耳を塞いだ。

「もう、わかったわよ。ヤマダちゃんったらウブねえ。特別に前は隠してあげるから、これでいいでしょ?」

ダニーは、申し訳程度にタオルを巻いて局部を隠したが、思い切り下からこぼれていたし、シルエットはまる見えだった。

しかし、ヤマダはすでに正常な判断力を失っていたので、茹でダコのように耳まで真っ赤にしながら、「ああ、はい。それでお願いします…」ということになった。

「まったく、ヤマダはうるさいなぁ。ボクなんて、見るのも見られるのも全然平気だよ。」

今度は、ソフィが、アヒルのオモチャが入った洗面器を持ってやってきた。

「そ・れ・は、アンタがお子ちゃまだからよ。」

ダニーはソフィの頭をポンポン、と叩いた。

「うるさいなぁ、ダニーは。ていうか、大人だと平気じゃないの、わかっててやってるんなら犯罪だよ、それ。」ダニーの手を振り払うソフィ。

「いいのよ。ダニーは、男の中に放り込んだ方が危険なんだから。女用のロッカーを使うのは、ここでの暗黙の了解。」

ヨーコは、それがさも当たり前のことのように言った。

 

 

ジョーンズは、怒り心頭状態で、自分の執務室に戻ってきていた。

「イワズシミ! ミシェル・ゴンドリーにホットラインをつなげ。音声だけでいい。」

「イワシミズです。はい、ただいま!」

イワシミズは、携帯端末を操作し、ヒューストンに回線をつないだ。

《はい、ミシェル・ゴンドリー。》

「ミシェルか。おれだジョーンズだ。」

《あ、大佐?なんすか?》

「“なんすか”じゃねえ。いったいなんなんだ?あのヤマダって女は。」

《ああ、到着しましたか。話すと長くなるので、とりあえずソフィのサポートにつけといてもらえますか?》

「何だと?ソフィには一般事務のサポートが必要だっていうのか?しかも、新米の。」

《いや、ヤマダは一般事務じゃありませんよ。ミッションエキスパートです。ただ、説明してる暇がなかったんで、本人も事情を飲み込めてないだけです。一通り教えてやってくださいよ。》

「表計算と文書作成と文字入力が得意だって言ってたぞ。あと、英会話に自信がある、とか。」

《ハッハッハ、相変わらず面白いなあ。》

「笑い事じゃねぇ!! あんなわけのわからんやつを、ミッションに連れて行けるか!」

《えー、定員は全然余裕あるでしょう? 乗せとけば必ず役に立ちますから、お願いしますよ。》

「ふざけんな。そんな話は飲めん。」

《ふざけてませんよ。あのですねぇ。あまり言いたくありませんが、今回のミッション・ディレクターはワ・タ・シです。大統領勅命ですから、大佐に拒否権は無いんです。》

「くっ。」

《じゃ、よろしくお願いしまーす。ブッ、ツーツーツー。》

「くそっ、切りやがった。」

ジョーンズは、受話器を床に叩きつけた。

「モノに当たるのはやめてくださいよ、大佐。支給品の再調達って、結構手間なんですから。」イワシミズは、受話器を拾い上げ、故障が無いか確認した。

「おい、イミシワズ。あのヤマダとかいう女に制服を支給してやれ。あんなチャラチャラした格好で歩き廻られたら、かなわん。」

「イ・ワ・シ・ミ・ズ、です。」

 

 

そのころ、ヤマダとソフィ、ダニー、ヨーコの4人は、大浴場で風呂に浸かっていた。

「うわぁ、すご〜い!!」

ヤマダは入浴そっちのけで大展望ガラスに顔を張りつけて興奮していた。

大浴場の壁面は総ガラス張りになっていて、外の光景が一望できるようになっている。宇宙ステーションの外の光景とは、正に宇宙。そして、そのど真ん中に青い地球が映り込んでいた。

「宇宙広しといえども、これほど絶景なお風呂は無いわねぇ。」

缶ビールを片手にお湯に浸かり、満面の笑みを浮かべるヨーコ。

「まったく…、ニールに滞在して、楽しみといえばこれくらいのものよね。」

同じく缶ビールを飲みながらのダニー。

「でも、宇宙空間って水が貴重だって聞いてたから、こんなに大きなお風呂があるのは驚きです。」

外の景色を楽しむのもそこそこに、湯船に浸かりつつ、ヤマダが言った。

「水が貴重だからこそ、その水をいかに効率良くリサイクルできるかが重要になる。宇宙ステーションというのは、実験場でもあるからな。この大浴場も、その一環。」

ソフィは、アヒルのオモチャを水に浮かべて遊びながら、もっともらしい理屈を述べた。

「というのが建前。NAUSAの特権よねぇ。ところで、ヤマダちゃん。」

ヨーコは、2本目のビールを開けながら、ヤマダに話しかけた。

「はい、なんでしょう?」

「あなた、何も聞かされずにここに来たって本当なの?」

「そうなんですよー。2週間前に面接を受けて、4日前に電話で採用通知があって、新人研修があるからニールに行けって…。」

「ミシェルも相変わらず無茶苦茶するわねぇ…。そりゃあ、ヤマダちゃんもパニクるわよ。理由くらいちゃんと説明してあげればいいのに。」

ダニーも2本目のビールに手をつけながら言った。

「いや、このミッションはトップシークレットだ。守秘契約も結んでいないヤマダに事情を示さなかったのは、妥当な判断だよ。まあ、雇用契約も結んでない人間を宇宙に上げるのは、それ以前に不当だけど。」

アヒルのオモチャを指先で弄りながら話すソフィ。

「あのー、それなんですけど…。どういうお話なんでしょうか?」

ヤマダは小さく手を挙げて質問した。

ソフィ、ダニー、ヨーコの3人は、顔を見合わせた。

「まあ、簡単に言えば、だな…。彗星とも小惑星ともつかない4キロメートル大の鉄の塊が、秒速320キロメートルという非常識なスピードで地球に衝突しそうなのだ。」

一般人に聞かせるには、あまりにショッキングな内容なので、ソフィは伏し目がちになって話した。

ダニーとヨーコも、続ける言葉が見つからず、黙り込んでしまった。

「あの…、それで、地球に衝突すると、どうなってしまうんですか?」

「え?」

3人は、ヤマダの意外なリアクションに驚いた。

「…えーっと、“K-T境界”を聞いたことは?」

基本的なことから説明しようと考えて、ソフィは恐竜絶滅の原因になったとされる小惑星激突の話を引き合いに出そうとした。

「サグラダ・ファミリア(教会)なら、卒業旅行で行きました!」

元気よく答えるヤマダ。

(そこからかー。)3人はがっくりと肩を落とした。

「…つまりだな。6500万年前に、直径10キロメートルほどの小惑星がユカタン半島に墜落したんだけど、その衝撃で恐竜を始めとした多くの生物が絶滅した。今回接近中の天体はそれよりも小さいが、質量は同等かそれ以上、速度に至っては30倍近い。衝突する場所や角度にもよるけど、下手をすれば、人類どころか地球上の全生物が死滅する恐れがあるんだ。」

ソフィは、わかりやすく事態を説明した。

ヤマダは、あまりに突拍子もない話を聞いて、一瞬動きが止まった。

「…またまたあ。いくら私だって、そんな冗談には騙されませんよ。だいたい、なんでそんな一大事に私が呼ばれるんですか?」

「…そこなのよねえ。どうして、ミシェルは英語が話せること以外、何の取り柄も無いヤマダちゃんを送りこんできたのかしら。しかも、こんな強引な方法で…。」

腕を組んで考え込むヨーコ。

「何の取り柄も無いって、そんな…。間違ってはないけど、ひどいです。」

すねるヤマダ。

 

「でも、策はあるの?ソフィ。目標天体の規模も速さも想定外よ。これだけ地球に接近していると、ソーラーセイルも重力トラクターも効果が無いだろうし。おまけに、構成物質は、鉄かそれに近い堅牢な金属。破壊することは難しいと言わざるを得ないわ。」

「まあ、考えていなくはないよ。」

心配するダニーをよそに、自信の顔を見せるソフィ。

「特殊なレーザーパルスを目標に照射して、プラズマを発生させる方法だ。ローレンツ力を生み出し、効率良く軌道を変えられる。対象物の表層物質そのものを利用したイオンエンジンみたいなものだな。正直、ソーラーセイルや重力トラクターは実用性が疑問なんだけど、この方法なら確実。」

「なるほど、それなら、物体が多少回転してても軌道修正が可能ね。」

「ただし、進行方向と回転軸の角度があまりに小さい場合は話が違ってくる。前か後ろにしか推せないんじゃ進路はそれほど変えられないからなあ。その時は、核爆発でも起こして強引に進路を変えるか…。運任せの気に入らない方法だけど。」

そう言うと、ソフィは頭の後ろに手を組み、浴槽の縁にもたげた。

「あとは、どうやって秒速320キロメートルの天体にランデブーするか、ね。」

ダニーとソフィは、ビール片手に上機嫌なヨーコに目をやった。

「心配ご無用。宇宙飛行のスピードってのは相対的なものだからね。その速度まで到達するは時間がかかるけど、ランデブー自体はたいして難しくないわ。着陸しろっていうのなら、話は別だけど。」

「つまり、エンジン次第ってわけね。愛しのクリス様に期待だわ♪」

目をうっとりさせてのたまうダニー。

「あら、ダニー。あんな変態が好みなの?」

意外そうな顔で問いかけるヨーコ。

「あの肉食系の野暮さがたまらないのよ〜。無精髭もステキでしょ?ね、ソフィもそう思わない?」

「ボクは子どもだからわからん。」

「あの変態、会議中から私の方、チラチラ、チラチラ見てんのよ。気持っちゃぁるいたらありゃしない。さっきも、いきなりメアド聞いてきたりして。」

「あぁん。もったいない」

ヨーコの話を聞いて、身をくねらせながら羨ましがるダニー。

「そんなに言うなら、あんたに譲るわ。大切にしてやんなさい。っていうか、ヤマダちゃん引いてるじゃない。ごめんねー、ヤマダちゃん。」

ヤマダは、そんな話はそっちのけで、何か決心したような顔をして一点を見つめていた。

「いえ、何だかちょっと興味が湧いてきました。」

「へ?」意外な答えにポカンとするヨーコ。

「レーザーで隕石の方向を変えるとか、宇宙船をランデブーさせるとか、なんだか“ピタゴラ…”みたいで面白そうです。それに、私たちがやらないと、地球がめちゃくちゃになっちゃうんですよね!」

ヤマダは湯船の中で立ち上がり、拳を握りしめて決意のポーズを見せた。

(ああ、クリスじゃなくってそっちの方ね…。)

「ていうか、ヤマダちゃん。“隕石”って、地上に落ちた天体のことだから。縁起でもないこと言わないで。」

ヨーコは、冷めた態度でヤマダにつっこんだ。

「す、すみません…。」

ヤマダは、しゅん、となって再び湯船に浸かり、顔の半分まで湯に沈めた。ぶくぶく…。

「それよりも、“ピタゴラ…”ってなあに?」

ダニーは、初めて聞く不思議な名称に興味を示した。

「ルーブ・ゴールドマン・マシンのことだよ。カラクリの。日本ではピタゴラスの定理にかけて“ピタゴラ…”と言うらしい。」

ソフィは、大きく伸びをしながら、テキトーな感じで答えた。

「プッ、ピタゴラスの定理と何の関係があるの??それww。」

ダニーは、なんかツボにハマって笑った。

「知らないよ。ダジャレとかじゃないの?」

(ん、待てよ。「ピタゴラ…」+「ヤマダ」?)

ソフィは何かを思い出し、思わずニヤリと笑った。

「そうか! ミシェルのやつめ…。おもしろい拾い物をしてきたなぁ。」

(うわ…、ソフィが笑うの初めて見た。キモっ!)

ダニーとヨーコは、見慣れないソフィの笑顔に、はからずも身の毛がよだった。

風呂から上がり、4人はロッカールームで着替えたり髪を乾かしたりしていた。

「でもさぁ。せっかくやる気を出してるところで悪いんだけど、やっぱり、ヤマダちゃんはついてこない方がいいと思うよ。」

髪をブラッシングしながら、ヤマダに話しかけるヨーコ。

「え…、どうしてですか?」

「宇宙飛行士のミッションっていうのはね、どんな簡単に見えるものでも、危険が伴うものなのよ。私たちは、みんな命がけでこの仕事をしてるわ。だから、ミッション前には、ここでこうして地球を見ながらお風呂に入るの。必ず生きて戻ってきて、またこの地球を見るんだ、ってね。あなたに、そういう覚悟はあるの?」

「私は…。」

ヤマダは、うつむいて口ごもった。

「だいたい、ついてきても、あなたにできることは何もないわ。足手まといにはなりたくないでしょう? もちろん、極秘情報を知ってしまった以上、ことが終わるまでは軟禁されると思うけど、地上よりもここにいた方が安全だしね。」

ヨーコは、まくしたてるようにヤマダを説得しようとした。

「ボクは、ヤマダを連れて行くべきだと思うよ。ミッションに必要な人材だから。」

素っ裸で牛乳を飲みつつ、二人の後ろから近づいてきたソフィが言った。

「え、新規採用の一般事務が…?」

後ろを振り返り、怪訝そうな顔をソフィに向けるヨーコ。

「そうでなくて…。そのうちわかるよ。」

ヨーコは、ソフィが何を言ってるのかさっぱりわからなかったが、ヤマダ本人も同じくらいわかっていなかった。

 

 

─同じ頃。男湯─

展望窓に映る地球を背景に、クリスとアレックスが、二人で湯に浸かっていた。

「アレックス君…だっけ?」

湯船の中で、アレックスに躙り寄り、耳元で囁くクリス。

「あ、はい。」

「君、フィンチャー少佐のことはどう思ってるの?」

「少佐は……、えーと、いい上司ですよ。」

「それだけ? 何か今、変な間があったけど。」

「ええ、まあ。本当にいい上司かというと、ちょっと微妙でして。これ、オフレコで…」

「彼女、いいよなあ。端正な顔立ちに艶やかな黒髪。闘う女の凛々しい美しさ。」

「あのぉ。部下の僕が言うのもなんですけど、少佐はやめといた方がいいですよ。」

「何?やはり君は少佐のことが…。オレに奪われるのを恐れてそんなことを言うのか!?」

「あ、いや、そういうんじゃなくてですね…。少佐はちょっと性格に問題が…。」

「君の気持ちはわかった。同じ女性に惚れこむ者同士、正々堂々と闘おう。」

クリスは、感極まってアレックスをハグした。

「いやいやいや。人の話、ちゃんと聞いてくださいよぉーーーっ!!」

 

(2011.2.10修正)